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ヴィンス・カーターの伝説の1枚はどのようにして生まれたか???
2026年10月24日

1998年 / 1巡目 / 全体5位でヴィンス・カーターはドラフトされる
1998年のNBAドラフトでゴールデンステート・ウォリアーズが全体5位として指名するが、即座にジェイミソンと交換でトロント・ラプターズに移籍。この年から活躍し、投票では118票中113票で新人王獲得。
トロントの球団設立以来初のフランチャイズのスーパースターとしてカナダでは爆発的な人気を誇る選手になっていく
迎えた2年目 翌1999-2000シーズン 早くも平均25得点を超え 平均得点リーグ4位 エースの地位を確立。
伝説の2000年のスラムダンクコンテスト 試技5回中3回で満点を記録し圧倒的なパフォーマンスを披露し優勝
そんなシーズンを送る少し前のシーズンが始まったばかりの
1999年 12月 7日 Raptors vs Cavaliersとのゲーム中にヴィンス・カーターを語るうえで必ず出てくるphotoが生まれた
写真を撮った当事者のコメント
「あの写真は本当に素晴らしい1枚だよ。ただ、撮影した直後は、いい写真が撮れたことにすら気づいていなかった。というのも、ダンクが決まったわけでもなければ、特別なプレーがあったわけでもなかったからね。
あれはアリウープを狙った場面で、ボールとタイミングが合わずほんの一瞬、触れただけだったように見えた。結局、プレーとしては何も起こらなかったんだ。だから試合中は、あの瞬間について特に何も考えていなかった。
それから2週間ほど経った頃だったと思う。
遠征先にいた私のところに、NBAフォト部門の副社長、ジョー・アマティから電話がかかってきたんだ。
彼が『ヴィンス・カーターのあの写真、見たか?』と言うから、
私は『何の話だ? ヴィンス・カーターの写真なんて見ていないよ』と答えた。
すると彼は『ヴィンス・カーターが空を飛んでいる写真だよ。あれは信じられないくらいすごい写真だ。本当に素晴らしい1枚だよ!』と言うんだ。
でも私は『ジョーイ、何の話をしているのかさっぱりわからないよ』と返した。
そこで彼が写真をスキャンして、確かメールで送ってくれたんだ。
それを見て初めて、『これは本当にすごい写真だ』と思った。
結局、その写真は年間最優秀写真賞(Picture of the Year)を受賞した。
でも実際には、ダンクでも何でもない。プレーとしては何も成立していない場面なんだ。
ただ、写真の中では彼がまるで空を飛んでいるように見える。
見た目は本当に素晴らしい写真だけど、実際の試合では何も起こっていないんだよ。
面白いことに、その前年も年間最優秀写真賞を受賞したのは、確かヴィンス・カーターの写真だったと思う。
その写真は、ヒューストンのカメラマン、ビル・バプティストが撮影したダンクの瞬間だったはずだ。
ただ、そのダンクも実は笛が鳴った後のものだった。
つまり、試合中の正式なプレーではなかったんだ。
それが年間最優秀写真賞に選ばれたわけだから、何とも不思議で面白い話だよね。
そして、この話は大切なことを教えてくれる。
たとえ笛が鳴った後でも、カメラを構える準備を怠ってはいけないということだ。いつ、どんな決定的瞬間が撮れるかなんて、誰にもわからないのだから
実際にどのようなシチュエーションなのか動画で振り返る
当事者のイメージが違うのが一瞬触れたと言っていたが、実際はキャッチしている
タイミングが合わずに腕が方の後ろに行き、結果エビぞりのような姿勢にななったようだ。
2年目にして圧倒的なスラムダンカーとしての『ヴィンス・カーター』がNBA内に既に認知されているからこそ
Dunkミスでもないし、コール後のプレー外でもない、ただの連係ミスによる、
たまたま起きた姿勢が伝説の一枚となり年間最優秀写真賞になる
3か月後におきた2000年スラムダンクコンテストの衝撃で名実ともに確立されたことは言うまでもない。
1発目のDunkで実況が『Let's go home』を連発し名言となったのも、ヴィンス・カーターという存在があったからこそ
そしてトロント・ラプターズが移転しないで不遇のカナダに存在しているのもヴィンス・カーターのおかげだと言う識者は多い
グリズリーズはバンクーバーからメンテナンスにしている。
構成●NBA Front Office Japan編集部