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レブロン、「ホームのない王」になる
76ersの一員として迎えたクリーブランド凱旋、歓声ではなく無関心が待っていた
2026年11月8日
金曜の夜、レブロン・ジェームズはフィラデルフィア・76ersの一員として初めてクリーブランドに凱旋した。だが、ロケット・アリーナで彼を待っていたのは歓声でもブーイングでもなかった。地元メディア「フィアー・ザ・ソード」のコラムは、その光景を「ホームのない王」と表現した。
歓声ではなく無関心
コラムは「愛の反対は憎しみではなく、無関心だ」という一文から始まる。レブロンは24シーズンのキャリアで何度もクリーブランドのファンから迎えられてきたが、金曜の反応ほど素っ気ないものはなかったという。試合開始前から空席が目立ち、スターティングラインナップ紹介時の拍手は好意的ではあったものの、敬意の範囲にとどまった。トリビュートビデオの上映もなく、ブーイングと声援がまばらに交じる程度で、スター選手に対する一般的な反応と変わらなかった。レブロンがコートにいるうちに帰路につくファンも少なくなかった。キャバリアーズはこの試合に119-95で勝利した。
【リンク:レブロン・ジェームズのプロフィール&成績(別タブで開きます)】
ミッチェル「もう普通のこと」
ドノバン・ミッチェルは試合後、レブロンの凱旋についてこう語った。「今となっては普通のことになったよ。1年目はそういうものだと感じたけど、今は正直、シクサーズと試合をしているだけだ」。そのうえで「彼はチャンピオンだし、この街の出身だ。街のためにしてきたことを考えれば、あれ以上のものを受けるに値する。でも今はただ普通のことなんだ。僕たちにとっては日常だよ」と続けた。筆者は、昨季の凱旋との落差を指摘する。昨季は観客が試合を通じてレブロンを称賛し、レブロンは涙を流した。11年間ホームと呼んだ建物で、あれほどの愛を受けるのは当然と思われていた。
【リンク:ドノバン・ミッチェルのプロフィール&成績(別タブで開きます)】
夏の決断がもたらしたもの
変化をもたらしたのはこの夏の決断だった。レブロンは6月末にフリーエージェントとなりレイカーズを離れた。7月の最初の3週間は決断を引き延ばし、クリーブランドの街や球団関係者はレブロンの復帰を信じていた。だがレブロンは一転、これまで縁のなかったフィラデルフィアを選び、76ersでスーパーチームを作る道を選んだ。41歳で優勝を追い求める権利はレブロンにある。だが筆者は、その選択には代償が伴うと指摘する。優勝の可能性がある地元の良いチームへの復帰ではなく、カンファレンスのライバルを選んだこと。その代償が、金曜の夜に姿を現した。2010年のような痛みや憎しみはなく、2018年以降の凱旋にあった愛もない。ただ、むなしさだけがあった。
2010年との違い
レブロンは試合後、2010年12月2日のマイアミ・ヒートの一員としての凱旋に触れ、こう語った。「2010年12月2日よりひどい歓迎はあり得ない。あのときは地獄の底を見た」。あの夜は大惨事で、クリーブランドはもっとうまく対処すべきだったと筆者は書く。だが憎しみは情熱の裏返しであり、痛みから生まれる感情だ。ファンはあの夜の出来事を気にかけていた。金曜は違った。感謝はあったが、揺るぎない愛はなかった。不満はあったが、声に出して表明するほどではなかった。何十年も揺れ動き続けた関係への疲れだけがあった。筆者は「北東オハイオにとって、レブロンほど地域に大きな意味を持ったプロスポーツ選手はいない」と書く。アクロンの神童から、半世紀以上ぶりのプロスポーツの優勝をもたらした存在へ。その関係は今後も何らかの形で続くだろう。将来のクリーブランドでの試合で愛が戻るかもしれないし、銅像の除幕や背番号の引退式では間違いなく愛があふれるだろう。だが、それは保証されていない。キャリアを別のユニフォームで終えるというレブロンの選択が、決定的な亀裂になる可能性もある。
総括
筆者は、金曜の試合がレブロンの北東オハイオでの最後のプロの試合になった可能性もあると指摘し、こう締めくくった。「もしそうだとすれば、クリーブランドでの終わり方として、これ以上に残念なものはなかっただろう」。「ホームのない王」というタイトルは、レブロンと故郷との関係が今、最も冷え切った地点にあることを象徴している。
構成●NBA Front Office Japan編集部